コラム

きれいな文章でも、伝わらない

ライティング

先日、なんとなく眺めていたInstagramで、ある投稿が目に留まりました。

文章自体はきれいにまとまっているのですが、薬機法的にグレー、あるいはアウトに近い表現がいくつも見られたのです。

これは、文章がまとまっているかどうか以前の問題です。

世の中に発信する以上、まず守るべきルールがある。

それをすり抜けて「読みやすい文章」として成立してしまっていることに、危うさを感じました。

noteを始める企業が増えている

最近、noteを始める企業が増えました。

読んでいると、AIを使って書かれているのだろうな、とわかる文章によく出会います。

それ自体は、まったく悪いことだとは思いません。

私自身、AIには日々お世話になっています。

文章を整えたり、構成を考えたりする手助けとして心強い存在です。

ただ、きれいすぎて読み終えたあとに何も残らない文章が多いのです。

「きれいにまとめること」が目的になっていないか

そもそも、その文章は何のために書いているのか。

その目的を見失っているのではないかと感じることがあります。

きれいな文章にまとめること自体が、いつのまにか目的になっていないでしょうか。

誤字脱字がなく、構成も整っていて、AIの力も借りて一見すると「良い文章」に見える。

でも、それは手段であって本来の目的ではないはずです。

これはその書き手だけの問題ではありません。

一人で書いて、一人で内容をチェックしていれば、その視点に気づけないのは当然のことです。

もし誰かにチェックしてもらったとしても、「きれいにまとまっていますね」で終わってしまうことが少なくありません。

それでは、本当に必要なチェックにはなっていないのです。

文章を書くこと以上に、大切なこと

あじむすび企画では、文章の作成そのものだけでなく、すでに出来上がった文章の校正のみのご依頼も承っています。

きれいにまとまっているかどうかではなく、「その文章が、本来伝えたかったことを伝えられているか」という視点で、第三者としてチェックいたします。

一人で書き、一人でチェックする体制に、少しでも心当たりがある方はぜひ一度ご相談ください。

無料で相談する

-コラム